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刺激的な。。。
最近、家にあった北欧に関する本を
数冊読み返しました。

建築やデザイン、インテリアの内容のものが
多かったのですが、
中でも面白かったのは、


という本。片桐はいりさんの初エッセイです。

話題になった映画


で訪れたフィンランドでの一ヶ月の様子が
ユーモアいっぱいに綴られています。

なによりも文才を感じました。
楽しくて、引き込まれます。

片桐はいりさんは、私の学生時代の先輩なので
勝手に身近に感じておりまが、
個性派俳優の先輩の様子は、
あの頃も同じ。

当時私は中2で、先輩は高3。そうとう目立っていました。
ある意味、すごいオーラ。そして勿論、演劇部。


演劇部と言えば、中3の時、演劇部のとても個性的だった
クラスメイトのMちゃんにはいろいろと刺激をもらいました。

忌野清志郎を愛し、オノヨーコを崇拝し、向田邦子を敬愛するMちゃん。

トイレ掃除が一緒だった時、清志郎のカセットテープをかけて
歌いながらのりのりで掃除。
モップがギター代わりとなって、ライブハウス化
していて、掃除も楽しかった。

オノヨーコの怪しい声のカセットテープもよく休み時間に
流れていて、すごい大人だな〜。って思ったっけ。

ある日の朝、
Mちゃんがクラスに到着するなり、
すごい血相で、だだだ〜っと黒板に大きく

『追悼 向田邦子殿!!』

とチョークで力一杯書き、その先は覚えていないけど
Mちゃんなりの追悼文が書かれていた。
遠東航空機墜落事故の翌日の出来事でした。

『向田邦子? なんて読むの?』

『しらないの??? むこうだくにこっ!!!』

私と向田邦子との出会い。

キリスト教の学校で、毎朝礼拝があり
ホール建設中のため教室に放送が流れての礼拝でしたので、
担任の先生が消そうとしていたけれど、

『消さないで〜!!』

とMちゃんが叫んで、そのままうちのクラス限定で
その日は『追悼 向田邦子殿』の礼拝だった事を
今でも鮮明に覚えてる。

刺激いっぱいの毎日でした。。。


話はそれてしまいましたが。。。
先輩の存在もかなり刺激的で、

その後俳優や表現者としてご活躍となり
『やはり。。。』と納得。

今日から10日間、仕事でフィンランドに行って来ます。
先輩のような素敵なマトカ(旅)となりますように!

■フィンランドを思い起こさせる、素敵な
ブックデザインです。

わたしのマトカ』片桐はいり著 幻冬舎

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おすすめの本2冊

恥ずかしながら、
病気をしてあらためて知るのですね・・・。

健康でありたいです。
私だけでなく家族ももちろん。

自分で出来ることといったら
やっぱり、『食』に行き着きます。

これまで、仕事で玄米菜食やマクロビオティックの
スタイリングをしてまいりましたが、
そのつど、ふほぉ〜、
と感心することが多く、
マクロビオティックの本を読んだり
入門に少し通ってみたり
独自のマクロビを展開される先生の
お話を伺ったりしておりました。

マクロビ実践中は、本当に身体が軽くなって
お肌の調子もよくなり、食べるものでこんなに
人の身体って変わるんだ。と驚いたものです。

ですが、仕事にかまけて上手い事できず
かなり不規則かつ不健康な生活をしてしまったのでした。

マクロビオティックばかりが良いとは限りませんが
『自分のからだをつくる』
という上で、大変参考になります。

さて、入院中に『食』に関する本を2冊読みました。
どれも興味深く身近において置くことになりそうな本でしたので、
ご紹介。


■『究極の食』 南清貴著 講談社インターナショナル  →著者のHP

マクロビオティックや自然食といった枠にとらわれない
独自の食への探求に興味をそそられます。
現代の栄養学に基づいた常識がくつがえされる
ちょっと怖くなるような話もあり。


■『食べ方上手だった日本人』 魚柄仁之助著 岩波書店  →著者のHP

30〜40年代の昭和の食に関する本が多い中、本書は昭和10年にスポットが
あたっている。戦後ガスが普及して、雑誌などでハイカラな料理を紹介する事で
劇的に食卓が変化する。だけど、昭和初期!電化製品がなかった頃の知恵、
保存の仕方など当時の資料をふんだんに掲載していてめちゃオモシロイ!


食の本



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昭和のにおい

入院中は、読書がたくさんできそうだな、
と思っていましたが、意外に出来ないものです。

婦人科病棟の時は、とにかく辛く苦しい毎日でしたので
本を読む余裕はほとんどありませんでした。

本を読むには、気持ちを無にする必要があって、
だから、他に気が行ってしまうとダメなのです。

今は余裕が出てきました。
だから、わがセバス氏にリクエストして買ってきてもらいますが
先日、リクエストの本がなかったので、代わりにといって
『父の詫び状』向田邦子著をもってきてくれました。

何度読んでもいい本です。

・・・そして、とても、とても昭和です。

私は、読みすすめるうち、
父と祖父の事を思い出しました。
特に祖父がいた時代は昭和そのもの。
目を閉じると祖父の笑顔が浮かんできます。

祖父の家は、実家の向かい。
いつも優しい笑顔で、私は大好きでした。

祖父の定位置は、縁側を背にした茶の間の一番いい場所。
私から見ると、右側に茶箪笥があって、そこはとても秘密めいた宝箱。
引き出しからは、使い込んだ真鍮製の虫眼鏡、懐中時計、刃物、やすり・・・。
マルチお道具箱といった具合で小さいころから興味しんしんだったのを覚えています。

左側には、藍色の染付けがやや豪華な火鉢。
『おもち食べるか?』といって、よく焼いてもらったっけ。

でも、私をはじめ孫衆は、火鉢はちょっと怖かったな。

お灸をする祖父は、
百草を丸めて、火鉢の炭から火をつけてるとき
『悪い事をすると、お灸をすえるぞっ』
といって脅かすのが大得意。
『いやだー!』と本気で逃げる私達。
それを見て祖父は満足そうに笑うのです。

祖父の家には、三つのお庭があって
一つは、祖父の後ろの縁側の前。
ここは私達孫のために作ってくれた遊び場。
ブランコ・段違いの鉄棒・砂場。
今考えるととても贅沢かも・・・。

砂場は葡萄棚の下にうまい具合出来ていて、
私達は、いつもそこでお城を作っていました。
『みてー、大きいの出来たよー!』
『お水流すからみてー!』
といって祖父に声をかけていた。
そして、いつも祖父は笑っていた。

二つ目は、祖父の花壇。
普段着物&ふんどしの祖父が手塩にかけて育てた花は薔薇。
見事に咲いた時は、薔薇と一緒に写真を撮ってくれた。

三つ目は、お座敷に面した日本庭園。
狭くてあまり日当たりもよくなかったけど
夏の時期は涼しくって、枯山水の川に水を流して
笹船をつくって浮かばせた。
『はやく、はやく!沈没しちゃうよ!』
すぐ引けてしまうので、水を補充する係りは大変だった。
そんな様子をみて、うちわをあおぎなら祖父はやっぱり笑っていた。

寝たきりになって数年、亡くなったのは私が高1の時。
夏の台風の夜、関係者が集まって、
私達は、『おじいちゃぁーん、おじいちゃぁーん』
と耳元で何度も何度も叫んだけど。逝っちゃった。

その時、ただひとり間に合わなかった父。
どこかで、飲んでいたらしい。

お葬式が終わって、しばらく父は、ぼーっと
砂場の前の縁側に片膝立てて、タバコを吸う日々が続く。
見ていて哀れだった。

祖父の定位置は、その後も空いたまま、
祖母も亡くなり、
その家も、庭も、昭和とともに取り壊された。

土地は半分になり、
安っぽい賃貸アパートをかねたつまらない家になってしまった。

行く理由がなくなってしまった。



でもね、思い出だけは、まだまだ、いっぱいあるんです。

私の昭和。

『父の詫び状』は、そんな昭和を思い出させてくれます。 


父の詫び状



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